塩の日って、どんな日?

imagesnr26630j

1月11日は、塩の日と
聞きましたが、塩の日とは
なんでしょうか?

スポンサードリンク

塩の日の由来

1月11日「塩の日」となった由来は、
「敵に塩を送る」という言葉ができた
有名なエピソードです。

戦国時代武田信玄
東海方面へ進出を果たすため、
今川氏との同盟を破棄しました。

それに怒った今川氏北条氏と共に
武田側
が、入らないようにしました。

領民生活必要
塩の入手ルートを絶たれ、
困っているところに

長年、敵対関係にあり、
武田信玄ライバルとして知られる
上杉謙信から
越後の塩が送られたという話です。

この日が、1月11日だったので、
1月11日が塩の日となりました。


実は、謙信は塩を送っていない?

上杉謙信が、武田信玄
を送ったわけではないというのが、
歴史上の事実のようです。

武田信玄の領地、
甲斐
に面していませんでした。

その為、交易によって
他の国から入する必要がありました。

駿河の今川氏相模の北条氏は、
武田氏三国の同盟を破って
侵攻したことから、

経済制裁として、
甲斐との塩の交易をストップしたのです。

これに対し、上杉氏
越後からの塩の交易
妨げなかったと言われています。

理由は、
「正々堂々戦いたかった為」
「単に、商売で利益を得たかった為」など
諸説あります。

ですから、謙信を送ったわけでなく
交易を妨げなかったのが
実態のようです。


1月11日は、その
当時の武田領の松本市に到着した日です。、

それを民衆が喜び、
祝った行事「塩市」といいます。

今は、名前を「飴市」と変えておりますが、
今も、その中で塩とり合戦という
塩という名のついた行事があります。


201512262214269b3

スポンサードリンク

塩に関するエピソード

塩の日にちなんで、
塩に関するエピソードを一つ。

戦国時代最終的に制したのは
徳川幕府300年の基礎
築いた徳川家康です。

その家康の元には、
お梶の方という
大変聡明ながいました。

家康が、この世で1番美味し物は、
何かという問いを出した時に、

「鯛だ」、「酒だ」、「菓子だ」
というが上がる中に

お梶の方は、
「一番おいしいものは塩でございます」
答えました。

家康は、更にて尋ねました。
「それでは、一番まずいものはなにか」

「一番まずいものは塩でございます」
お梶は、答えました。

「さすが、お梶である」
家康は、彼女の聡明さ
感心したといいます。

味の素であり、
あらゆる味を活かすものだから、
一番おいしいものと言えます。

さらに、すべての味を殺すのも
であるから、
一番まずいものとも言えます。

問題はサジ加減です。

味の材料にすぎないので、
これをこなすサジ加減こそ、

の素であることを示したお梶に、
家康も感心したのでは
ないでしょうか。


スポンサードリンク


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です